INTERVIEW|インタビュー

  • ウェイ・ダーション監督
  • ファン・イーチェン
  • 田中千絵

ウェイ・ダーション(魏徳聖)監督インタビュー

『海角七号/君想う、国境の南』では、昔の日本人男性が台湾人女性に向けて書いた手紙の文がナレーター役を果たしています。それが台湾のお客さんに、共感よりも距離感を抱かせてしまうといった心配はなかったですか?
僕が感じるのは、日本の男性は自分の気持ちを抑えがちであるということ。映画の主人公は60年も気持ちを抑えて手紙を出さなかった。そこが感動的なんです。台湾人だったら、書いては出す、書いては出すって感じで、まずありえない。日本の人というのは、きっと色々なことを考えて気持ちを抑えるのでしょう。この手紙を出したら彼女の将来の結婚や生活に迷惑がかかるんじゃないか、この手紙によって僕のやましさを恥じる気持ちが充分に伝わるだろうか、とか。手紙の内容を書くに当たって、現存する多くの古いラブレターを読みました。その時参考にしたラブレターの大部分は、実のところ中国人のものだったんです。あの戦争の時代に日本へ留学した人や東北地方に行った人、あるいは金山に行った人……。20世紀の初めは世界中が大きく揺れ動いた時期で、歴史的にも日本と中国の間で歴史的にも色々とあった時代です。人が多く移動をした時代とも言えます。通信もそんなに発達しておらず、電話もないような時代で、当時の通信手段は全て手紙でした。当時の多くの文献を読み、多くの手紙を見つけました。とても美しく感動的、口では簡単に言い表せないほどの感動です。それを読んで思ったのは、あの時代のアジアはどこも同じようなものだったということ。あの時代の環境、そして社会や政治に至るまで、アジア全域同じようなものだった。その時代の心情をなんとか模倣したいと願いながら、手紙の文面を書いていきました。
手紙は「小島友子」という日本名の台湾人女性に宛てられています。「小島」=「小さい島」=「台湾」という類推で、あれは“一個人”に宛てて書かれたというよりも“台湾そのもの”に向けて書かれた手紙なのだ、そして「小島友子」は台湾の象徴なのだという解釈も成り立ち得ますが……。
そこまで大それたテーマ設定で作っていたわけではありません。ただ小さいラブストーリーや若者の夢を通して、過去の時代のせいで愛に破れた人が持つ遺憾と、現代の若者が夢に破れて持つ遺憾とを描きたかっただけです。でも彼女の苗字を考える段になって、台湾は小さな島だから小島という名前にしようと思ったのは事実です。台湾を象徴させるというほどの意識はなかったけれど、映画は観る人の自由な解釈に委ねられていますから、そのような解釈が生まれるのは嬉しいとも言えますし、反対はしません。
この『海角七号/君想う、国境の南』の次に制作される新作の舞台も日本統治下にあった台湾ですね。こうした歴史的な視点は、監督のこだわりなのでしょうか?
台湾という土地で生まれ育った私が思うに、台湾の人々というのは、過去の歴史のうねりの中で操作されてきた結果、歴史にコントロールされすぎて自分たちが何者なのかを忘れてしまっている。様々な歴史や文化の中で、何が愛情で、友情で、恨みで、悔恨なのかの区別がつかなくなってしまったのです。歴史的に抑圧されてきた結果、数多くの矛盾を抱えている。歴史の恨みや悔恨は、昔はすごく簡単に解けていっていました。ですが、なぜだかわかりませんが、より文明的になるにつれ、それを解かすことができなくなってしまったのです。ですから映画を通じて、それを解かしたかった。日本や中国やその他の国との間の矛盾を解かすだけでなく、台湾人自身の心の中にある矛盾をも解かしたかったのです。

ファン・イーチェン(范逸臣)インタビュー

初出演作が、台湾映画史上に燦然と輝く大ヒット作になりました……。
この映画に出られたのは本当にラッキーでした。監督はもともと、この役を僕に、と考えていたわけでは全くありません。むしろこの役には似合わないとさえ思っていたそうです。僕はミュージシャンでしたので、監督の印象のなかにある僕は、テレビを通じて見えるそれでしかなかったからです。ですからオーディションに行ったとき、僕は僕のありのままを監督にさらけ出しました。そこで監督は初めて僕の素の姿や状況を知り、僕のバック・グラウンドが主人公・阿嘉ととても似ているんだということをわかってくれた。それで出演に至ったのです。
ファンさん自身による楽曲が劇中で使用されていますね。
ええ、出演が決まったとき、監督は僕が自分で曲を作ることも知っていたので、映画のなかでどういう曲を使えばいいのか、考えてほしいと言われました。それで撮影準備期間中に自分が作った曲のデモテープをしょっちゅう監督に渡して、聴いてもらっていたのです。その中から監督が2曲を選び、映画で使われることになりました。一つはスローな曲を、もう一つはアップテンポな曲を、というのが監督の当初からのリクエストでしたが、スローな曲は採用されませんでした。

田中千絵インタビュー

これまで演じてこられた役やご自身のイメージとは随分異なる役柄ですが、脚本を読んで友子という人をどう理解しましたか?
私は友子と同じように一人で台湾に渡り、仕事をしているわけですけれども、その点で友子の葛藤や寂しさはとても理解出来ました。ただ、そういった共感はベースにありつつも、劇中で友子はなぜあんなに怒ってばかりいるのかが最初は理解できずに疑問でした。ところが脚本を読みこんでゆくうちに、その疑問がだんだん解けてきたんです。友子はとても寂しがり屋なんですが、寂しさや弱さ隠すために怒って武装していると。すると、その姿がとても愛しいと感じるようになり、友子のことが好きになっていきました。
結果的には、台湾映画史上最大のヒット作となりましたが、製作中はまるで自主映画のように、監督自ら借金して撮っていたとも聞きます。現場は大変だったのでは?
ええ、一番大変だったのは、監督だったと思います。後から聞いてわかったのですが、撮影の最中も製作費が足りなくて、いよいよ明日で撮影中止というところまで追い込まれたことがあったそうです。編集の段階に入って初めてその話を聞き、改めて上映が成功するよう頑張らなくちゃ、と思いました。そのこともあって、私にとって「皆で一緒に映画を作ってるんだ!」という感覚を味わえた初めての映画になったのです。そんな映画が最終的にここまでの成功を得た現実を見ると、やはり夢を諦めないって大切だな、まっすぐに努力するって大切だな、って思わされましたね。それは、この映画の物語が発しているメッセージでもあります。『海角七号/君想う、国境の南』は、そんなひたむきな思いがいっぱい詰まった映画なんです。